そばにくたま

ペロペロしてやりたいわズ。から名前が変わってPEROというバンドでベースを弾いてます☺︎お好み焼きが好きです。音楽のことや広島のこと。訪れた全国のことも。

バンドが続くこと。バンドを続けること。LUNKHEADさんの20周年。

 

 LUNKHEADは俺が一番影響を受けたアーティスト。

 

 当時、一緒にバンドを組んでいたボーカルが知り合ってすぐの時からずーっと言い続けていた。PEROのメンバーと知り合うもっともっと前に組んでいたバンドはボーカルの弾き語りからいつも曲を作っていた。冒頭のセリフ。彼はインタビューでも常に答えていたし、曲を作るボーカルの彼の根っこの部分になっているLUNKHEADさんの音楽を自然と私も聴き始めるようになった。

 言い続けていると、運とタイミングか。彼が引き寄せたのか。今もお世話になっている広島セカンドクラッチさん(当時はナミキジャンクション)で当時のバンドで2度もご一緒させていただけることがあった。こんなことがあるのかと。音楽を聴き続けていた人たちと同じステージに立てるなんて。ドキドキした。私も嬉しかったし、ボーカルも普段見せないくらい嬉しそうだったのを覚えている。

 初めてご一緒した時はバンドを続けることに更に憧れを抱いたし、夢を持った。2回目にご一緒した時は私たちのバンドがどうにもこうにもうまくいかなくなった時だった。苦しくて何とかギリギリの気持ちでバンドが崩れないように保つことが精一杯だった。ライブも自分達に全然満足いかなくて、悔しかった。1回目にご一緒した楽しかった時よりもその時のしんどかった気持ちの方がよく覚えている。自分達が憧れているバンドさんの前にそんなライブをしてしまったことにこれ以上にないくらい落ち込んだ。それでも打ち上げで1回目のときも2回目のときもみなさんと一緒にお酒を飲みながらバンドの話ができたのは嬉しかった。「また一緒にやろう」「東京に来いよ」小高さんが言ってくださった言葉があの時の私たちをギリギリまで踏ん張らせてくれた。

しかし、また一緒にやろうも叶えることはできず、私たちは解散してしまった。私がペロペロしてやりたいわズ。に入ってから一度だけ下北沢ニテで小高さんと合田さんとお会いすることができて少しお話ができた。ボーカルのあいつもまだ音楽を続けているかと聞いてくださってご一緒した過去がその時に繋がったことが嬉しかった。

それから数年が経って現在。小高さんのブログを読んでLUNKHEADさんの“今”にとても驚いた。

https://lineblog.me/lunkhead_official/archives/1785582.html

バンドをしている人間として他人事ではないと感じた。PEROとLUNKHEADさんの繋がりは無いものの、スタジオでメンバーと小高さんのブログが話題にあがるほど私たちも考える内容だった。精神論でどうにかなる問題ではない。20年続いているバンドの今の状況。それがどれほど切羽詰まっている状態なのか読むのが辛く苦しくなり胸が痛かった。

でも状況は変わってきている。日々のSNSを見ていると多くの人たちの力によって変わっていく様子が私のタイムラインにも続々と流れてきていた。こういうミラクル。逆転劇。またバンドに夢を抱きたくなる。そう思う人たちがきっと増えているんじゃないかと思う。恥ずかしながら私もLUNKHEADさんの音楽を最近また再生してみる。あの時に家で、移動の車でメンバーみんなと聴いていた【光の街】【シンドローム】【僕たちには時間がない】【果てしなく白に近づきたい青】。ボーカルが好きだった【夏の匂い】。やっぱりかっこいいです。遠く離れた街、広島から微力ながら応援しています。

LUNKHEADさん、20周年おめでとうございます。